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ELEC-001

コイルで DC を昇圧する — ブーストコンバータ(3.7V リチウム電池 → 5V)

作成: 2026-06-18  |  カテゴリ: electronics(電子回路)

実用ゴール: 1 セルのリチウムイオン電池(公称 3.7V、実使用域 約 3.0〜4.2V)から、USB 機器を駆動できる安定した 5V を作り出す。電池電圧より高い電圧が必要なので「昇圧(step-up)」が要る。本ノートではコイル(インダクタ)を使うブーストコンバータ(昇圧チョッパ)の原理と、実際の作り方を図解する。
要約: 直流(DC)は整流しても電圧が上がらないため、倍電圧整流などのチャージポンプ系を「そのまま」では DC 昇圧に使えない。コイルに電流を流して磁気エネルギーを蓄え、スイッチを切った瞬間に発生する逆起電力を入力電圧に上乗せすることで Vout > Vin を実現するのがブーストコンバータである。昇圧比は Vout = Vin / (1 − D)(D = スイッチ ON のデューティ比)で決まり、3.7V → 5V には D ≈ 0.26 を要する。実用上は MT3608 などの既製モジュールを使うのが現実的。
【本ノートでの用語規約】
D(デューティ比): 1 周期のうちスイッチ(MOSFET)が ON になっている時間の割合(0〜1)。本ノートでは一貫して「スイッチ ON の割合」とする(教科書により ON/OFF どちらを基準にするか流儀が分かれるため明記)。
逆起電力(self-induced EMF): コイルが電流の変化を妨げる向きに発生させる電圧。物理的には VL = L · (di/dt)。本ノートでは「コイルが電流を流し続けようとして生む電圧」という物理直感で扱う。
CCM(連続導通モード)を前提に式を扱う(コイル電流が 0 まで落ちない動作)。軽負荷の DCM は補足で触れる。

1. なぜ「倍電圧整流(チャージポンプ系)」を DC にそのまま使えないのか

倍電圧整流回路は、本来交流(AC)入力を前提とした回路である。ダイオードとコンデンサで「AC の正の半サイクルでコンデンサを充電し、負の半サイクルで別のコンデンサに積み増す」ことで入力 AC のピーク電圧の約 2 倍を得る。つまり入力電圧が時間的に振動している(極性が反転する)ことがエネルギーを汲み上げる原動力になっている。一方、リチウム電池の出力は一定の直流(DC)であり、整流(ダイオードで一方向に通すこと)をしても電圧の大きさは変わらない(むしろダイオードの順方向電圧降下で少し下がる)。振動していない DC をダイオードとコンデンサに通しても、コンデンサは入力電圧まで充電されて止まるだけで、それ以上の電圧は決して生まれない。 🟢 したがって DC を昇圧するには、(a) 一度 DC を高速にスイッチングして疑似的な「変化する電流」を作り出し、(b) その変化からコイルやコンデンサにエネルギーをポンプアップする能動回路が必要になる。本ノートで採用するコイル方式(ブーストコンバータ)はまさにこれで、スイッチング素子で DC を断続させ、コイルの磁気エネルギーを介して昇圧する。(コンデンサだけで昇圧する DC チャージポンプも存在するが、整数倍に限られ電流容量が小さい。詳細は最後の対比表を参照。)

2. ブーストコンバータの構成回路

部品は 5 つだけ。入力 Vin・コイル L・スイッチ(MOSFET)・ダイオード D・出力コンデンサ C、そして負荷。並び順が重要で、コイルは必ず入力側に直列、スイッチは L とダイオードの間からグランドへ落ちる位置に入る。

Vin 3.7V L(コイル) A SW MOSFET 制御信号でON/OFF D (A→出力の向きだけ通す) B C 出力平滑 負荷 Vout 5V
図 1. ブーストコンバータの基本構成。コイル L は入力に直列、スイッチ SW はノード A からグランドへ、ダイオード D は A から出力 B へ一方向。🟢

動作のカギは ノード A の電圧がスイッチの ON/OFF で激しく上下する点にある。次の 2 フェーズで見る。

3. 動作原理 — 2 つのフェーズ

フェーズ 1: スイッチ ON(コイルにエネルギーを蓄える)

SW を ON にすると、ノード A がほぼグランド(0V)に短絡される。すると Vin の全電圧がコイル L の両端にかかり、コイルには di/dt = Vin / L の割合で電流が増え続ける。この間、コイルは流れる電流に比例した磁気エネルギー E = ½ L I² を溜め込む。ダイオード D はこのとき逆バイアス(出力 B のほうが A より高電位)になるので OFF となり、負荷へは出力コンデンサ C に溜まった電荷だけが供給される。🟢

フェーズ 1: SW = ON Vin L 充電中 ↑I ON D = OFF(逆バイアス) C 負荷 C が負荷を維持 Vout
図 2. SW ON 相。緑の太線が主電流ループ(Vin→L→SW→GND)。コイル電流 I が増えて磁気エネルギーを蓄える。ダイオードは OFF で、負荷は出力コンデンサ C の蓄電で維持される。🟢

フェーズ 2: スイッチ OFF(逆起電力が Vin に上乗せされる)

SW を OFF にした瞬間、コイルは「いま流れている電流を急に止められたくない」ため、電流を流し続けようとして逆起電力を発生させる。コイルの A 側の電位は、電流を維持する向きに跳ね上がる。結果としてノード A の電圧は Vin + VL まで上昇し、これが Vin より高くなる。A の電圧が出力 B(≈ Vout)を超えるとダイオード D が順バイアスで ON になり、コイルの電流が D を通って出力コンデンサ C を充電し、負荷にも電流を送る。コイルに溜まっていた磁気エネルギーが、Vin に積み増しされた形で出力側へ放出されるため Vout > Vin が成り立つ。🟢

フェーズ 2: SW = OFF Vin D = ON A 電位 = Vin + V_L ↑ 逆起電力 V_L = L·di/dt OFF C 充電 負荷 Vout > Vin
図 3. SW OFF 相。コイルの逆起電力でノード A の電位が Vin + VL に跳ね上がり、ダイオード D が ON。コイル電流が D を通って C を充電し負荷へ流れる。Vin に上乗せされるため Vout > Vin。🟢
直感のまとめ: ON 相で「コイルにエネルギーをチャージ」→ OFF 相で「そのエネルギーを Vin に積み増して出力へ放出」。この ON/OFF を毎秒数万〜数百万回繰り返し(数十 kHz〜MHz)、出力コンデンサ C が脈動をならして滑らかな高い DC を作る。スイッチを速く切るほどコイル・コンデンサを小さくできる。

4. 昇圧比の式と 3.7V → 5V の計算

CCM(連続導通モード)では、定常状態でコイルにかかる電圧の 1 周期平均はゼロになる(コイルが磁気を溜め込み続けることはない=ボルト秒バランス)。ON 相でコイルにかかる電圧は Vin、OFF 相では Vin − Vout(負の値)。これが釣り合う条件から昇圧比が導ける。🟢

Vin · D  +  (Vin − Vout) · (1 − D) = 0

整理すると、ブーストコンバータの基本式が得られる。

Vout = Vin / (1 − D)

D は 0〜1 なので 1 − D は必ず 1 以下、よって Vout は常に Vin 以上(=昇圧)になる。D を大きくするほど昇圧比が上がる。今回の目標値を代入して必要なデューティ比 D を逆算する。

5 = 3.7 / (1 − D)   ⇒   1 − D = 3.7 / 5 = 0.74   ⇒   D = 0.26

つまりスイッチを 1 周期の約 26% だけ ON にすればよい。🟢 実際にはダイオードの順方向電圧降下(ショットキーで約 0.3〜0.4V)やコイル・スイッチの抵抗損失があるため、目標 5V を出すには D を少し大きめ(実効で 0.3 前後)に取ることになる。下表は理論値の早見。

必要 Vout1 − D = Vin/Voutデューティ比 D(Vin = 3.7V)
3.7V(昇圧なし)1.000.00
5.0V(本目標)0.740.26
9.0V0.410.59
12.0V0.310.69

🟡 D を 0.8 以上に上げれば原理上はさらに高い電圧も出せるが、コイルに溜める電流のピークが急増し、効率が落ち発熱・素子破壊のリスクが高まるため、実用では昇圧比 4〜5 倍程度までが目安。

5. 実用パート — 既製モジュールで作る現実解

個別部品(MOSFET・ゲートドライバ・ダイオード・コイル・帰還抵抗)から自作することもできるが、スイッチング周波数の設計・帰還ループの安定化・ノイズ対策が必要で難易度が高い。実務では昇圧コンバータ IC を載せた既製モジュールを使うのが現実的。代表例が MT3608(基板状の小型昇圧モジュールとして安価に流通)。半固定抵抗で出力電圧を設定し、入力に電池、出力に負荷をつなぐだけで動く。🟡

注意点内容
電流容量昇圧では Iin ≈ Iout · Vout/Vin / 効率 となり、入力電流は出力電流より大きくなる。5V/1A を出すには入力側で 1.5A 前後流れる。モジュールとコイルの定格電流、電池の放電能力(C レート)を超えないこと。
変換効率 / 発熱効率は概ね 85〜92%。残りは IC・コイル・ダイオードで熱になる。出力電流が大きいほど発熱するので放熱・電流マージンを確保。安物モジュールは公称の半分程度で扱うのが安全。
出力リップルスイッチングに伴う電圧の脈動。出力コンデンサ C の容量・ESR と負荷で決まる。USB 機器駆動なら十分小さいが、アナログ用途では LDO を後段に足すこともある。
コイル選定飽和電流(定格を超えると急にインダクタンスが落ちる)が動作ピーク電流を上回るものを選ぶ。直流抵抗 DCR が小さいほど効率が良い。
ダイオード選定順方向電圧降下が小さく、逆回復が速いショットキーダイオードが定番。電圧降下が小さいほど効率が上がる。(モジュールに最初から実装済み。)
電池の下限電圧リチウム電池は放電すると 3.0V 付近まで下がる。Vin が下がっても D を上げれば 5V を維持できるが、入力電流が増える。過放電保護(保護回路 / カットオフ)も検討する。

6. 補足 — コイル方式(ブースト) vs コンデンサ方式(チャージポンプ / 倍電圧整流)

観点コイル方式(ブーストコンバータ)コンデンサ方式(チャージポンプ / 倍電圧整流)
エネルギー貯蔵コイルの磁気エネルギー(½ L I²)コンデンサの電荷(½ C V²)
昇圧比連続可変(D で自由に設定。Vout = Vin/(1−D))原則整数倍(2 倍・3 倍など段数で決まる)
出力電流大きく取れる(数 A まで容易)小さい(数十〜数百 mA 程度)
効率高い(85〜92%)。負荷変動に強い昇圧比が中途半端だと低下しやすい
部品コイルが必須(かさばる・電磁ノイズ源)コンデンサとスイッチのみ(小型・低ノイズ)
DC 入力でそのまま昇圧可能(スイッチングで電流変化を自ら作る)DC チャージポンプなら可能。ただし倍電圧「整流」回路は AC 入力前提で DC には直接使えない
代表用途電池 → USB 5V、LED 駆動、昇圧電源全般EEPROM の書き込み電圧、LCD バイアス、小電流の電圧生成

🟢 今回の「3.7V リチウム電池 → 5V・USB 機器駆動(数百 mA〜1A)」という要件では、十分な出力電流と高効率が必要なためコイル方式(ブーストコンバータ)が適切。チャージポンプは小電流・低ノイズが活きる用途向き。

まとめ

参考文献

関連項目